硯工房 清泉堂
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硯はまさに日本の伝統美である。 趣き豊かな日本人の心である。 |
| 硯を前に精神統一する。不思議と古人の心が伝わってくる。 今もなお、困難を経て硯を造りつづける奥義は深くて厳しい・・・。 |
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| 伝統ある硯工房 「清泉堂」について |
| ●龍渓石の由来 |
| ●龍渓石と秀石の由来 |
| ●石質と管理 |
| ●龍渓硯・清泉堂の歴史 |
| ●龍渓硯の原石・龍渓石の特質 |
| 「清泉堂 逸品の硯」ショッピングページにて 好評発売中 |
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| 清泉堂 渡戸本店 |
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| 初代秀石は三十年の歳月をかけて ここ渡戸鍋倉山に 良質の硯材を探し当てた。 |
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| 龍渓石の由来 |
| 文政十一年(1828年)横川一ノ瀬村に医を開業するかたわら寺子屋式に学問を受け 書道をたしなんでいた淵井椿斎が、渡戸村鍋倉山に露出している粘土板に着目、 作硯したのが始まりと伝えられています。 高遠藩はこの石に着目、甲州鰍沢鬼島雨畑硯の産地から硯工を招いて硯造りを 奨励しました。明治初年頃高遠藩は一般の採石を禁止、お留め山として乱掘をさせず、 硯石は渡戸鍋倉山の他上島村穴倉山からも掘らせ、渡戸、上島、宮所、雨沢等で七十年 余名の硯工により年産二千面を作硯、硯名は「高遠硯」「伊那硯」「鍋倉硯」として越後、 関東方面に出荷したといいます。 |
| 清泉堂と秀石の由来 |
| 初代秀石こと深澤直は、甲州鰍沢鬼島雨畑硯の産地で生まれ、青少年時代は石工に 従事しており、昭和五年頃甲府市にて石工から製硯修行に入りました。 この頃すでに雨畑石は採石下降状態にあり、長野県辰野町から産出される硯石に着目、 一人また一人と硯工が上信を始めました。 初代秀石もその一人である。昭和十年初代秀石は「清泉堂 深沢秀石」と命名創業します。 当時の書道家大家月出東山先生も石工技術を生かした作硯に歓待、為書は 今の工房で輝いています。 昭和四十年初代秀石の次男文雄が二代目秀石を襲名しましたが、当時この道には必ず やってくる採石不能時でした。鍋倉山の粘板岩は複雑にして変換の厳しい地層で、 深層発見に実に十三年もの歳月を費やしました。 その後、二代目秀石は優れた作硯技術とデザインで平成元年には「日本工芸会正会員」 同年新技術により、「鍋倉漆象嵌硯」平成二年には深層より採石した「鍋倉水巖硯」を発表しました。 又、これらの功績が認められ、平成6年には卓越技能者長野県知事表彰(信州の名工) 平成十年には卓越技能者労働大臣表彰(現代の名工)を受賞しています。 平成六年二代目秀石の長男秀教が三代目秀石を襲名、現在二代目は深澤淡斎と改名し 長野県工芸会会長としても活躍しています。 |
| 石質と管理 |
| 龍渓石は粘土質泥質の粘版であり低い温度(100〜200度)で差動を伴う変性作用を 受けた結晶石です。この石には結晶によって生まれた雲母が無数にあり、この雲母と 石英、長石の微粒子が硯用語に言い換えれば「鋒鋩」と言います。 硯の条件として大事なことは、硬度、密度、鋒鋩が上げられます。 瑞々しい石肌、鋭く輝く鋒鋩、石音も心地よく響く、このような硯との出会いはそうあるものではありません。 墨色の世界には墨と硯の調和が重要な基点なのです。 龍渓石も石質分析すると五種類になります。例えば同じ硯で墨を換えて使ってみると不思議さに 気づかれると思います。滑らかで溌墨も良い硯との出会いは、貴重な自然と人との出会いなのです。 硯選びの多難さは採石と同じことが言えます。 洗硯はどんな硯でも同じことですが、使用後は必ず水、又は温湯にて洗硯する習慣が必要です。 硯に入っている膠が付着しやすいからです。膠が付着すると溌硯が著しく低下します。 硯は生き物。愛情を込めて管理してください。 注意 洗硯する時は傷つけないように!! |
| 龍渓硯・清泉堂の歴史 |
| 徳川時代、高遠藩城主の銘により採石し硯を貢献したのが始まりである。 当時、藩主は良質の硯意思の出る山を「お止め山」として一般の採掘を禁じ、今村地籍にいた 多くの硯師にのみ政策を許可、一部は江戸にも運ばれ、多くの文人墨客に珍重がられたと 伝えられています。 清泉堂初代秀石は甲州鰍沢鬼出身であり、幼年時代より硯造りに あこがれていた青少年時代甲州で石工に1従事し、石の彫刻が特技であったが昭和十年、 作硯の夢を捨てきれず良材を求めてこの地の人となりました。 徳川時代より堀尽くされた硯材を探し当てることは想像以上の苦労があったであろう。 良材を用いて石工技術を生かした独特な作硯により、多くの愛硯家・書道家に歓待されました。 初代秀石は三十年の歳月をかけて歴史ある辰野町沢渡鍋倉山に良質の本拠を探し当てました。 |
| 龍渓石の原石、龍渓石の特質 |
| 長野県上伊那郡、辰野町の町はずれ、横川峡に至る山腹に産する龍渓石は、 一名高遠石とも呼ばれているが高遠から産出される訳ではありません。 その昔に高藤藩主の命により硯が作成されたためにその名がついたものと思われます。 石色は青味かかった黒いろで、鋒錺の目が鋭く輝く、古生代の粘板岩で、叩くと容易に 剥離する結晶石から成っています。 切り出しはブルドーザーで山腹を掘削し、露呈した鉱脈から切り出すが、投下資本といい、 危険を伴う作業の困難さといい、原石採掘の段階で、作り上げるまでの厳しさが身に沁みる。 今、私が最も力を入れているのが龍渓水厳の発見と神秘の世界である。 |
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