| 伝統美と新しさの出会い。 水引工芸館高山 |
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| わが国の歴史に、初めて水引が登場するのは飛鳥時代。遣隋使の小野妹子が帰朝したさい、隋の答礼使として裴世清が贈り物を携え、同行してきた。それにはすべて紅白の麻が結ばれ、以来、宮中への献上品には、全て紅白の麻をかけることが慣例になった。当時、その麻は“紅”と呼ばれ、水引といわれるようになったのは、平安時代に入ってからです。 また、四十一代特統天皇の時代に衣服令が定められ、祝い事には赤地錦の表に白裏を用いた衣装を着用、そして仏事には黄色錦の表に白裏を用いた式服を着用するようになりました。以来、何事にも紅白が祝儀、黄白・黒白が仏事として今日までに伝えられています。 |
| 水引という名の由来は、紅の廃品を公家たちが譲り受け、青や黄、紫などに染め、自作の詩歌の作品集を閉じ合わせたところ、その美しさは、ちょうど鴨川を百花が水に引かれて流れているようだったからともいわれる。また、細かい和紙をよったことにより、水糊を引くために命名されたともいわれ、さまざまな説があります。 |
| 飯田で、水引の生産がはじまったのは江戸時代である。当時から交通の要所として商工業が栄えたこと。風越山から湧き出る清水と楮、三椏など、和紙の原料に恵まれたこと。雨の少ない温暖な気候。そのうえ、殖産復興の一環としての藩の奨励や、下級武士などの豊かな労働力があったことなど、数多くの条件が飯田を水引のふるさとにし、今では年間80億円余を出荷し、全国シェアの80%を誇っています。 |
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